サンウルブズ初代主将堀江翔太の原点と怪童伝説

堀江翔太

サンウルブズ初代主将堀江翔太の原点と怪童伝説

「世界のどのチームに行ってもフッカーのレギュラーを張れる」堀江翔太を評する、最近よく聞かれる言葉だ。スクラム、ラインアウトのセットピースを先頭に立って牽引し、ボールを処理するフィールドプレーも巧み。(詳細はNumberにて)

2015W杯では日本代表の副キャプテン、そしてサンウルブズの初代主将を務めている堀江翔太。チームは昨年、負傷時の補償や契約内容により肝心の選手が集まらず、サンウルブズのスーパーラグビーへの加入が白紙になりかけたことがあった。

その話は選手の耳にも届いており、海外での選択肢もあった堀江は日本ラグビーの将来を案じてサンウルブズでのプレーを選択、すると「堀江さんが入るなら」と他の選手も集まり、なんとかサンウルブズはスタートを切ることができた。

海外のチームでプレーしたほうが金銭面などの待遇がよいだけでなく、移動が少なく家族(妻子あり)と一緒に過ごせる時間が多いにもかかわらず、堀江は日本のためにサンルウブズを選択、当然のようにチームの初代主将に就任した。日本ラグビーの救世主といっても過言でないかもしれない。

だからこそ、サンウルブズ初年度にかける堀江の意気込みは並々ならぬものがあるだろう。

冒頭のNumberの記事はそんな堀江の子供時代の怪童伝説。幼稚園から小四まではサッカー、ラグビーを始めたのは小五、小六でなんと身長175cm、体重77kgとの堂々たる体格だったとのこと。

そして中学では平日はバスケ部でプレー、週末はラグビーを続け、高校ではラグビーで大阪選抜、帝京大学に進み主将を務め、以後はNZやオーストラリア、パナソニックでプレーしてきた。

スクラムの核として、ラインアウトのスロワーとして安定したプレーを続け、さらにフィールドではトリッキーなパスやキックも蹴るなど、何でもできるオールラウンダーとしての才能は子供の時にサッカーやバスケで培った身体能力からくるものだろう。サッカーや野球、相撲など他のスポーツでもトップレベルの選手になったはずだ。

そんな男気溢れる堀江が引っ張るサンルウブズはいよいよ開幕を迎える。ファンとしては堀江の選択に敬意を表し、チームを応援したい。